実話を基にした作品

実話映画「グリーンブック」のモデルを深堀り!実話との相違点とラストをネタバレ

実話を基にした映画「グリーンブックのレビューや感想を見ていると、「感激」の言葉が多く、みんなのハートをわしづかみした作品だったことがわかります。

私も映画を観て、公開前の評判や、アカデミー賞受賞に対するあれやこれやの批評は置いといて、人の心に直球で入ってくる作品だと思いました。

それは、バディとして苦楽を共にしたシャーリーとトニーの魅力にもあるのでは?と感じたので、今回はふたりを深堀してみました。

掘れば掘るほど、魅力的な人物像が浮かび上がり、更に映画での実話との相違点、感動のラストシーンについても綴ってみました。

がっつりネタバレしますが、楽しんでいただけたら嬉しいです!

モデルになった人物を深堀り!

主要キャストであるドン・シャーリーとトニー・リップの個性や取り巻く環境、物語の軸は、映画の中でほぼ正確に描かれているようです。

でも、モデルとなったドン・シャーリーとトニー・リップが、どんな人物だったのか?映画を観ると更に非常に興味沸いてきて、もっと詳しく知りたくなりました。

ドン・シャーリー

経歴


画像引用元:BIOGRAPHY

本名はドナルド・ウォルブリッジ・シャーリー。

フロリダ州ペンサコーラで1927年1月29日に、ジャマイカの移民である司教の牧師の父と、教師の母の間に誕生。

おっと!私の誕生日は1月28日。1日違いじゃないですかっ!親近感沸きまくります。

シャーリーは2歳半でピアノに興味を持ち、教会でオルガンを演奏していたそうです。 9歳の時に母親が亡くなり、シャーリーはレニングラード音楽院で理論を学ぶためソビエトに渡ります。

映画の中でもロシア語を操り、レニングラード音楽院へ行ったと話していましたよね。

その後、ワシントンDCのカトリック大学でコンラッド・ベルニエ博士とタデウス・ジョーンズ博士から高度な作曲のレッスンを受けています。

18歳のときにBoston Popsと共演してデビューし、大きな才能を発揮。

翌年、ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団は、シャーリーが最初に作曲した作品を演奏しています。そして1949年には、博覧会国際デュバイセンテネールデポルトープランスで演奏するため、ハイチ政府から招待を受けます。

圧倒的な才能があったにも関わらず、その時代に黒人がクラッシック音楽を演奏するための環境が十分でなかったことから、シャーリーは不本意ながらもナイトクラブでの演奏が多かったと伝えられています。

また1955年に、シャーリーはエリントンとエアーオーケストラの交響曲でカーネギーホールデビュー。

ただ、1970年代初頭に右手に腱炎を発症してからは、演奏の回数を減らすことを余儀なくされましたが、マンハッタンのグリニッジビレッジで長年のパートナーと一緒にカムバックを試み、定期的に演奏していたそうです。

結婚歴とセクシャリティ

1度結婚したけど、コンサートツアーにでるミュージシャンと夫は兼任できなかった、と映画の中で語っていましたが、実生活でも1度結婚したものの、子どもはなくその後離婚。

トニーからは、夜ひとりで出歩くことは危険だからと、禁じられていたにも関わらず、外出したことで警察に捉えられ、トニーの元に連絡が入って迎えに行ったとき、そこで観たシャーリーの姿から、ゲイであることがわかりましたね。

そのことについて、トニーは何もシャーリーに尋ねることなく、「ナイトクラブに務めているんだから、いろんなことを見てる。だからノープロブレムだ」的なセリフをさらっとつぶやくだけ。

ここ!トニーったら、かっこいい!と思っちゃいましたね。

シャーリーは、実生活で1度の離婚の後、死ぬまで独身だったそうです。

兄弟は?

シャーリーだけが天才ピアニストとして成功を収めたのではなく、シャーリーの兄弟であるカルバンとエドワードは医師になり、ノーベル平和賞を受賞したマーティンルーサーキングJr.とは親密な友情を築いていたそうです。

何故ドクターと呼ばれていた?

映画の中でドン・シャーリーは、「ドクター・シャーリー」または「ドクター」「ドク」と呼ばれていましたが、実際にミュージシャン仲間からもそう呼ばれていて、それは音楽、典礼芸術、心理学の博士号を取得していたからでは?と言われています。

トニー・リップ

経歴


画像引用元:Wikipedia

本名:フランク・アンソニー・ヴァレロンガ

1930年にイタリア人の両親の元、ペンシルベニア州ビーバーフォールズで誕生。

リップ(唇)という呼び名は、トニーの口から出まかせで世の中を渡ってきたことから付いたあだ名。

1951年から1953年までアメリカ陸軍に勤務し、ドイツに駐留。

シャーリーの運転手をする前には、コパカバーナでスーパーバイザーとして働いていましたが、運転手の仕事が終了してからもコパカバーナに戻り、そこでトニーは多くの有名人と出会います。

トニーが後に俳優となり、デビュー作であるゴッドファーザーでの小さな役に繋がったのも、コパカバーナでのフランシス・フォード・コッポラとルイス・ディジアムに出会ったことがきっかけになっています。

トニーの勤務先だったコパカバーナってどんなとこ?

トニーが勤務していたナイトクラブ「コパカバーナ」は、当時有名人やセレブが通う一流のナイトクラブでした。

トニーはそこで、スーパーバイザーとして働いていたようですが、映画の中ではいざというときのためのトラブル処理係的なイメージでしたね。

「コパカバーナ」は、1941年第二次世界大戦直前にEast60ストリートにオープンし、周辺の開発事業のため1度はクローズしたものの、2011年タイムズ・スクエアで再開。

「コパカバーナ」とは、ブラジル南部の都市リオデジャネイロにある海岸の名前。

日本でも赤坂に昭和33年ナイトクラブとして「コパカバーナ」がオープン。デビ夫人が当時、コパカバーナでホステスをしていて、そこでスカルノ元大統領と出会った場所として有名。

家族

映画の中にもトニーの妻:ドロレスと二人の息子が登場していましたが、とても美人でしたよね。実際のドロレスの写真が、エンドロールに出てきますが、女優さんに負けないくらいキレイな人でした。

トニーの息子のひとりである「ニック・ヴァレロンガ」が、父親の話しを映画化するために、実際シャーリーにインタビューをしながら温めてきた作品であり、脚本を手掛けた一人でもあります。

実話との相違点をネタバレ

  • 手紙

トニーが演奏旅行に出るとき、妻のドロレスから手紙を書くよう約束させられます。手紙は苦手と言っていたものの、意外と熱心に書いていて、それは今でも息子のニックの元にたくさん残っているのだそうです。

書き出しの「Dear」を「Deer」と書いて、シャーリーから「それはシカだ」と言われます。映画の中でシャーリーが文章を考え、それをトニーが書いていたのは本当のことだったそうです。

  • ロバート・ケネディ

トニーが警官を殴ってふたりで警察に捕まったとき、釈放されず困ったシャーリーが当時の司法長官だったジョン・F・ケネディの実弟:ロバート・ケネディに電話をしますが、これは本当の話し。

ホワイトハウスでも演奏をしていたシャーリーは、この出来事があった数日後に亡くなったジョン・F・ケネディの葬儀にはふたりで出席したそうです。

  • カーネギーホール

映画の中で、シャーリーはNYのカーネギーホールの上に住んでいましたが、これもホント。86歳で亡くなるまで、そこに住んでいたそうです。

  • 8週間の演奏旅行

映画の中ではクリスマスまでの8週間という演奏旅行でしたが、本当は1年半にもおよぶ長期の旅だったそうです。相性やふたりの性格もあるでしょうが、長い間苦楽を共にしたからこそ、あれだけの絆が生まれたんですね。

シャーリーとトニーのラストをネタバレ

8週間の旅を終え、雪の中クリスマスに間に合うよう、無事帰宅したふたり。

雪道での運転が長時間にわたり、最後はトニーが力尽き、シャーリーが運転して帰ってきます。

シャーリーは、執事が待つカーネギーホールの自宅へ戻り、クリスマスだからと執事を帰宅させると広い家の中でひとり。

トニーは、家族や親せきがクリスマスパーティを開いている自宅へ戻り、子どもたちのハグに迎えられます。

このシーン、シャーリーの気持ちを思うと、結構寂しくなっちゃうのよね。

そんな時、トニーの家のチャイムが鳴ります。ドアを開けると・・・立っていたのは、シャーリーだと思うでしょ?違うのよ。

だけど、2度目のチャイムでドアを開けると、そこにはワインを手にしたシャーリーが立っています。トニーが家族に紹介すると、最初は戸惑っていた親戚のおばちゃんやおじちゃんも歓迎するんだな。ここもあったかぁーい気持ちになるよ。

で、粋なのがトニーの妻ドロレス。歓迎のハグをしたとき、シャーリーの耳元で「手紙をありがとう」というわけ。わかっていたのよねぇ。トニーが書いたわけじゃなかったことを。

でも、ドロレスは、そんなことひと言もトニーには言わないわけ。できた妻よね。だからこそ愛されるのかな。時には上手に騙されてやるよ、ってことも必要だわね。

まとめ

トニーがシャーリーより3歳年上、亡くなったのが同じ2013年。なんだか縁を感じますよね。

130分という比較的長い映画だけど、一瞬たりとも眠くならない見事な作品でした。ふたりのことについては、ほぼ忠実に事実を基に描かれた作品だということがわかります。

そうすると、尚のことシャーリーとトニーが身近に感じられ、益々好きになってきます。

偏見や差別って、学校教育や親の思想や、友達の影響などから、無意識のうちに刷り込まれていることもたくさんあると思うんですね。

でも、シャーリーとトニーのように、きちんと向き合うことで誰でも理解しあえる!ということを実感した作品でもありました。

心に温かい火が灯り、幼馴染の親友に会いたくなった素敵な映画でした。

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