両親とひとり息子:ジョーの3人家族、モンタナ州の田舎町での新生活も軌道に乗ったと思われたのに、徐々に家族が崩壊していく様を描いた映画「ワイルド・ライフ」を鑑賞してきました。
「Wild life」とは「野生生物」という意味なんですね。野性的な生活ではありません。
映画を観終わったとき「Wild life」は何を指していたのか?考えてみました。私にとって映画の中にいた「野生生物」は、ジョーの両親だったかな。
派手な演出は一切なく、モンタナ州の田舎町での淡々とした家族の生活の中で、突然起こった父親の失業と、その後の母親の不倫。そして、それが家族にどんな影響を与え、どんな道すじを歩んでいくことになるのか?が描かれています。
思うがままに振舞う両親とは対照的に、何が起きても大騒ぎすることもなく、両親に当たり散らすこともなく、少年!大丈夫?と心配になるほどでしたけどね。
それでは、映画「ワイルド・ライフ」のあらすじと感想を綴ってみたいと思いますが、ネタバレしておりますことをご了承くださいませね。
作品の概略
「スイス・アーミー・マン」などの個性派俳優ポール・ダノが初メガホンを取り、「ドライヴ」のキャリー・マリガンと「ナイトクローラー」のジェイク・ギレンホールが夫婦役を演じた人間ドラマ。
ダノが「ルビー・スパークス」で共演したパートナーのゾーイ・カザンと共同で脚本・製作も手がけ、ピュリッツァー賞作家リチャード・フォードの小説「Wildlife」を原作に、幸せな家庭が崩壊していく様子を14歳の息子の姿を通して描き出す。
1960年代、モンタナ州の田舎町で暮らす少年ジョーは、仲の良い両親ジェリーとジャネットのもとで慎ましくも幸せな毎日を送っていた。
ところがある日、ジェリーがゴルフ場の仕事を解雇され、山火事を食い止める危険な出稼ぎ仕事へと旅立ってしまう。
残されたジャネットとジョーもそれぞれ仕事を見つけるが、生活が安定するはずもなく、優しかったジャネットは不安と孤独にさいなまれるようになっていく。
キャスト
父親:ジェリー
ジェイク・ギレンホール
「ゴールデン・リバー」にも連絡係のジョン・モリスとして出演。2005年の「ブロークバック・マウンテン」でアカデミー助演男優賞にノミネート。
ゴルフ場でコーチとして働いていたジェリー。ある日、突然解雇の連絡を受け無職に。次の日、解雇は間違っていた、撤回するから戻ってきて欲しいと連絡を受けるが、それはジェリーのプライドが許さない。
復職に喜ぶ妻のジャネットを無視して、断ってしまいます。
その頃、山で起きていた大規模な森林火災。職を探すでもなくぶらぶらしていたジェリーは、山火事を消火する要員として山に行くと家族に告げ、ジャネットの反対を押し切り、家を出て行ってしまいます。

母親:ジャネット
キャリー・マリガン
「華麗なるギャツビー」「プライドと偏見」などに出演。映画出演4作目の「17歳の肖像」では主演を務め、アカデミー賞にノミネート。
仕事を転々とする夫に付合い、引っ越しを余儀なくされ移ってきた新地。また転職ですかっ!うんざり、と思ったでしょうねぇ。それでもジャネットは「あなた以上のコーチはいない」と励ましますが、結局家族を置いて山に行ってしまった夫。
ジャネットは、スイミングコーチの職を得て、そこで知り合ったミラーと付き合うようになります。主婦だったジャネットの気持ちとリンクしているかのように、変わっていく外見も要チェックです。
息子:ジョー
エド・オクセンボールド
俳優の両親の元に2001年6月誕生し、2012年にデビュー。オーストラリア出身。
一人っ子だから、両親の揉め事や環境の変化は、全てひとりで受け止めなければなりません。兄弟でもいれば、親父ムカつく!おふくろサイテー!とか言いあいつつ、腹立ちを共有して発散できるのにな、と思いましたね。
両親のトラブルに巻き込まれますが、激しい感情を表に出さず、悲しさや苦しさ、びっくり仰天からの困惑など、感情を抑えつつ表情で語るジョーが見事です。
母の不倫相手:ミラー
ビル・キャンプ
「レッド・スパロー」「バイス」等、出演作多数の名バイプレイヤー。
ジャネットをエロい目で見ているところを、ジョーがジッと見ているという、ゾッとする一場面もあります。ホラーのように恐ろしいわけでもなく、サスペンスのようにドキドキするわけでもないけど、人が持っている本能からの行動にゾッとします。


あらすじ
しょーもないことに気づいたのですが、今作の中心になっている3人家族は、3人とも名前の始まりが「J」なんですね。何か意味があるのかしら?
その1 父ジェリー
すぐに仕事を辞めちゃうわ、復職の話が来ても断っちゃうわ、次の仕事を探さなくちゃいけないのに、テキトーにぶらぶらしてるわ、妻の立場からしたらムカつく夫です。
そして、最終的に次の職場としてジェリーが選んだのが、山火事の消化要員。1日1ドル?1時間1ドル?どちらか忘れちゃったけど、どっちにしても危険で低賃金。
ちなみに、時代背景は1960年代。
ジャネットのジェリーに対する評価は「自分の幸せだけしか考えていない。山火事が彼を駆り立てるようだけど、私には全く理解できない」と。
家族であろうと、全てを理解することはできないし、理解する必要もないとは思うけど、生活が揺るぎかねないことに対しても、説明が足りないオトコが多いように思うのは私だけでしょうか。
結局、ジェリーはジャネットの反対を押し切り、ジョーに見送られて山へ行ってしまいます。
その2 母ジャネット
ジェリーが山に行ってしまったことで、ジャネットとジョーの生活は一変します。
ある日、ジョーが家に帰ると、そこには知らない男がいます。スイミングコーチから、もっと収入のいいミラーの秘書に仕事を替わったとジョーに男:ミラーを紹介するジャネットは、オシャレをした母ではなく女の姿。
ここ!ジョーもいつもとは違う何かを母に感じている様子。
ジャネットは、ミラーとの付合いを特別ジョーに隠そうともせず、ミラーの家での夕食に招かれた時は、鼻歌交じりにオシャレをし、ジョーを一緒に連れて行ったり、自分の家にミラーを連れ込んだりします。
母親が自分の子どもに不倫相手のことを隠さない場合
- 恋愛幸せ舞い上がり型
- どお?どお?認めて頂戴型
- 考えたくない現実逃避型
このようなタイプに分かれると思うんですね。
舞い上がり型は、恋愛している自分に酔っている、とことん相手を好きになる恋愛依存タイプ。認めて頂戴型は、多少の後ろめたさも感じつつ、自分が好きになった人を子供にも認めさせたいタイプ、現実逃避型は、いろんなことは考えたくない、とりあえず今の状況を楽しみたいタイプ。
きっとジャネットは、現実逃避型。夫のジェリーを愛していたけど、自分たちより山に行くことを選び、捨てられた気持ちになっていて、そこから目を背けたくて、寂しさからミラーとの関係を選んだように思うんです。
だけど、それに巻き込まれた息子のジョーはたまったもんじゃない。
14歳と言えば、日本では中2。一番面倒なお年頃の男子です。
恋愛や性に対しても興味津々な年齢。母親の不倫相手なんて、会いたくもないはず。そこをジャネットが考えていないとは思いたくないけど、ジャネットの行動はエスカレートしていきます。
その3 息子ジョー
父親が無職になったことで、ジョーも写真館でアルバイトを始めます。地味で真面目なバイト先が、ジョーのキャラクターを表しています。
両親がある意味ワイルドな生き方をしていて、抑制がイチバン効いているのは息子。
感情を露わにし、言い争うことができる両親に対して、息子はいつでも寡黙。母親のキスシーンを目撃したときでさえ、表情は変わるものの、特に感情の爆発はありません。
私たちは生まれ落ちた瞬間から、家族という小さな集合体の中で、様々なことを学びながら育ちます。だからこそ、両親から受ける影響も大きいということを自覚しておかなくちゃ怖いよ・・・と感じます。
だけどねぇ、ジョーはいい子なんですよ。
ある日、父親:ジェリーから電話がかかってきて
「もうすぐ戻れる?」と尋ねると、ジェリーはそれに答えず話題を変えてしまうんですね。その時のジョーのがっかりした表情に、ちょっと胸が痛くなります。
きっと、ジョーは父親が帰ってきてさえくれれば、母親も元の母親の姿に戻ってくれるかもしれない、という淡い期待があったのかもしれません。
その4 家族
ある日、ジャネットはジョーに学校を休ませ、車を走らせて、山火事がすぐそばで見られるところまでジョーを連れていきます。
その真意が何だったのか?そこは、観ている私たちにゆだねられています。
山と同じように自分たち家族も燃えちゃった、なのか、ジャネットの怒りも激しい炎のようだ、ということなのか、この山火事と父親は戦っている、ということをジョーに見せたかったのか。
ジョーは、ただひたすら呆然と山火事を暫く見つめていました。だからと言って、何かを決断したわけでもなく、何かが変わったわけでもなく、その後も二人の生活は続きます。
でもね、映画の中でも小学生に消防士らしき人が説明しているシーンがありましたが、山火事は悪いことばかりではなく、焼き尽くされた地面が新しく再生することで蘇るのだそうです。
もしかしたら、両親とジョーにも山火事のような激しい変化が起こったからこそ、それぞれに新しい人生が待っている、ということだったのかもしれません。
雪が降って、山から帰ってきたジェリーに、ジャネットは家を出たいと言います。浮気を疑ったジェリーに、あっさりとジャネットは告白します。
「あんな年寄りのどこがいいんだ」的なことをジェリーは言うんですね。確かに、ミラーよりジェリーの方が何倍もかっこいいし若い。だけど、問題はそこじゃない、ということをジェリーはわかっていないんですね。
だからこそ、ジャネットはジェリーとはもう一緒にやっていけない、と思うわけですよ。ね。
ジャネットの浮気を知ったジェリーは、怒りに任せてミラーの家に火をつけます。その場にいたジョーは、それでも感情を露わにすることなく、無言でその場を去り、寒い中ただひたすら走ります。
走る、という行為で、自分の中の消化しきれない感情を散らそうとするかの様です。
そんなジョーが、唯一希望したことが、バイトをしている写真館で親子3人で写真を撮ること。彼にとって、それが自己表現でもあり、家族だった絆を残しておきたいという思いだったのかもしれません。
感想
ジョーの抑えた演技が、実に素晴らしい作品でした。娯楽もなく、冬は雪に閉ざされる田舎町で暮らす3人家族を描いた、派手でもなく驚きもない作品ですが、様々なことを見ているこちらに訴えてきます。
家族って何?大事なことって何?親子って?夫婦って?愛情とは?
全てに正解はないけど、映画の中で繰り広げられるシーンは、自分を俯瞰視するチャンスかもしれません。
へなちょこだろうと、ポンコツだろうと、親は取り替えられません。だけど、生身の人間である以上、完璧なはずはなく、誰でも弱さを併せ持っていること、燃え尽きてしまう場合もあることを知っておかなくちゃ優しくなれません。
許すことより、非難することの方が簡単です。ジョーは、誰のことも非難しないし、誰のことも恨んだり憎んだりしない強さを持っていました。
野生生物のような両親を飼いならしたのは、誰でもなくジョーだったのでは?