ソ連からフランスに亡命した、伝説のダンサー「ルドルフ・ヌレエフ」を描いた映画「ホワイト・クロウ 伝説のダンサー」を鑑賞してきました。
横浜地区での上映は、みなとみらいキノシネマだけ。東京もTOHOシネマズ シャンテと新宿・渋谷のミニシアターの3か所だけなんです。
寂しいぃぃ。でもね、バレエシーンが圧巻の素晴らしい作品でした。
観てるのは、おばちゃんばっかりだったけどね。男性ダンサーにフォーカスしたバレエシーンだったから?
んなことないわね。失礼しました!では、あらすじと感想を述べたいと思いますが、ネタバレしていますことをご了承くださいね。
Contents
作品の概要
1961年。ルドルフ・ヌレエフはキーロフ・バレエ(現マリインスキーバレエ)の一員として、パリ公演のために生まれて初めて祖国ソ連を出た。
傲慢・我儘・反逆児と評される一方で、踊りへの情熱は誰よりも強いルドルフは、異国で得られるものすべてを吸収しようとするが、その行動はKGBに監視され、政府の圧力は強まるばかりだった。
6月16日、次の公演地へ向かおうとするルドルフは、突然帰国を命じられる。
それは、収容所に連行され、踊りを続けることすらままならない未来を暗示していた。団員たちが旅立ち、KGBと共に空港に残されたルドルフが、不安と恐怖に襲われる中くだした決断とは一。
オフィシャルサイトより
伝説のダンサー:ルドルフ・ヌレエフ
1938年、汽車の中で誕生。
幼少期から民族舞踏を習い、11歳でバレエ団に所属。17歳のときにロシアバレエの名門校、ワガノワ・キーロフバレエ学院に編入。
1961年、海外公演の途中に亡命し、その後はヨーロッパで活躍している。
1986年に母親が亡くなったことで、亡命してから初めてソ連に戻り、自身は1993年にAIDSの合併症によりパリで亡くなった。
そんな伝説のダンサーを演じたのは、ウクライナ出身で、タタール劇場の現役プリンシパル「オレグ・イヴェンコ」
あらすじ
その1 ルドルフパリへ
タイトルにもなっている「ホワイト・クロウ」は、そのままだと「白いカラス」ですが、「類いまれなる人物」「はぐれ者」という意味があるそうです。
1961年、23歳のルドルフは、バレエ公演のため初めてパリを訪れます。見る物全てが珍しく、建物に掘られている「自由」「平等」という文字にも目を奪われるルドルフ。
自己顕示欲が強く、自己主張も強いルドルフは、トラブルを起こすことも多かったけど、その才能と努力により、めきめきと頭角を表します。
5週間の予定で訪れたパリでの公演には、KGBも同行し、自由奔放なルドルフは常にKGBに見張られている毎日。
歓迎会では、ソ連側が西との交流を避け、パリのバレエ団との間にはまるで廊下のような、川のような空間が広がっている中、ルドルフが「そんなの勿体ない」と言って、パリのバレエ団の人たちの輪に入っていく。
言葉は?と思ったら、キーロフバレエ学院では英語の授業もあるとかで、ルドルフは英語でなら日常会話に困らなかったんです。
その2 激しい性格のルドルフ

パリ公演ではソロも務め、大成功を収め、現地の人たちとの交流も深めていくんだけど、それがKGBに睨まれることになっちゃうわけですよ。
行っちゃいけないと言われても行っちゃうし、門限は無視するし、団体行動はとらずにひとりで行動するなど、そりゃあ目を付けられてもしょうがないよなぁって感じ。
非常に激しい性格だったようで、パリで知り合った女性の友人と食事をしている時、対応したロシア人のウエイターが、自分のことを田舎者のハシキール人だと思って見下していると怒りだし、その友人とも気まずい関係に。
女性にも八つ当たりか?酷い言葉で罵り、女性は席を立ってしまいます。
その3 ルドルフ亡命へ
でも、パリの空港でのルドルフのピンチを救ってくれたのは、気まずくなったその女性。
バレエ団が次の公演先であるロンドンに向かうのに、ルドルフだけは、ソ連での公演に出演するためとか、母親が危篤とか言われ、ソ連に帰るよう指示されます。
だけど、ルドルフはソ連に帰ったら自分は反逆罪で処罰を受けるとわかっているわけです。
友人の女性は、空港に見送りに来ていたパリのバレエ団の人から連絡を受け、空港に駆けつけ、窮地に陥っているルドルフを助けるため、パリ警察に応援を頼みに行きます。
警察から、亡命したい本人が我々のところへ来てくれたら保護するけど、我々から行くことはできないと教えられた彼女は、別れの挨拶をするかのように見せかけて、ルドルフにそのことを耳打ちします。
ルドルフの決意は固く、KGBの説得にも全く揺るがず、一生ソ連に帰国できなくてもいいという結論を出します。
きっと、彼女はルドルフに好意を寄せていたんだろうなぁと思いました。でも、ルドルフはゲイだったんですね。
「ホワイト・クロウ 伝説のダンサー」感想
その1 人はこんなに高く飛べるんだ!という驚き
何はともあれ、人は自分の体ひとつでこんなに飛べるのかっ?!という驚きがイチバン!でしたかねぇ

わかります??この高さ?
生のバレエ公演を見たことはあるんだけど、その時より今回の方が驚きが大きかったのは何故だろう?
でも、ルドルフは身長173センチとそんなに大きいわけじゃないんです。あ!演じているのは「オレグ・イヴェンコ」か。
バレエシーンは、本当にどれもこれも実に美しかったです!見事でございましたね。
その2 バレリーナの姿勢がよすぎて感動
最初の方に、男性数人がレッスンしているシーンがありましてね、それが見事に揃っていて、優雅な動きなんだけど力強く、お尻や腕の筋肉が美しくうっとりでしたもん。
そこでひらめきました!足がまっ直ぐで、背中もびしっと姿勢よく、首もすっきりと長いスタイルを保ちたかったら、バレエを習うのがいいかも。
がに股もO脚もいなかったし、女性のバレリーナの後ろ姿が、まあああ美しいこと!足が長いのは、DNAというか種族と言うか、その違いだろうけど、とにかく頭のてっぺんからつま先までまっ直ぐなんです。
草刈民代さんも、バレエをやってらしたから、見事な姿勢ですもんね。
って・・・作品の内容に対する感想じゃなくて、申し訳ない。でも、それほど感動したってことです。
その3 伝説の呼び名は才能だけじゃない
伝説と言われているルドルフ・ヌレエフだけど、当然ですが、ものすごく勉強家でした。
パリにいる間も美術館を訪れたり、貪欲な探求心がバレエに対する情熱でもあり、そこで得たものが芸術的な表現となって伝説のダンサーと呼ばれるようになったんだな、と私は感じました。
ちなみに、ルドルフが美術館を訪れているシーンは、実際にエルミタージュ美術館やルーブル美術館で撮影したのだそうです。
ちょっと話は逸れますが、卓球の水谷隼さんのツイッターが話題になっていましたよね。
練習まで時間あるのでのんびり☕️
「どうやったら卓球強くなりますか?この技術はどうやったら上手くなりますか?◯◯はどうやったらできるようになりますか?」って人生で1番質問されてる俺の嫌いなワードですから答えます。「1万時間練習してから質問しに来てください」
近道なんてない✋ pic.twitter.com/uKnUq4JWVE— 水谷隼 (@Mizutani__Jun) 2019年5月7日
「1万時間練習してから来てください」これです!秀でる人は、そのくらいのことをやっている、ってことですよね。
凡人は、1万時間の練習には耐えられないんです。きっと。私も!
その4 全ては踊るため
非情に激しい性格だったようですが、だからこそ、伝説のダンサーになったのだろうし、だからこそ踊るためにKGBに脅されても亡命ができたんだと思いましたね。
私なんかビビりなので、親がどうなっても知らないぞ、とか、一生母国に帰れないぞとか言われたら、じゃあ諦めます・・と言っちゃうもん。
もし、ルドルフが亡命を諦めていたら、伝説のダンサーになることもなかったし、こうして映画になって私たちが観に行くこともなかったわけです。
ケータイないし、母国に帰れない寂しさは、踊ることで散らしていたのかしらね?ピロシキ食べたぁーい!とか、思わなかったのかな?
まとめ
ラストの亡命シーンは、これはサスペンス映画だっけ?と思うほどでした。
毎日ぼけーっと暮らしているけど、それもこれも先人の様々な努力によるものかもしれない、てなことを感じた映画でした。
才能のある人は、才能だけでなく人一倍の努力あってこその結果なわけで、努力もせず文句ばっかり言ってりゃ、凡人以下ってことね。としみじみ思います。
がんばろっと。